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東京地方裁判所八王子支部 昭和53年(ワ)501号 判決

原告

内山美智子

昭和五三年(ワ)第五〇一号事件被告

鈴木欣一

ほか一名

昭和五三年(ワ)第六四三号事件被告

鈴木直志

主文

被告直志、同関東バス株式会社は、連帯して原告に対し三五八万五一三九円、及び、うち二二六万四六六七円に対する昭和五三年六月二七日から、うち九七万〇四七二円に対する昭和五四年七月二七日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の同被告らに対するその余の請求、及び、被告鈴木欣一に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、原告と被告鈴木欣一との間では全部原告の負担とし、原告とその余の被告らとの間ではこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(一)  被告らは連帯して原告に対し一一二九万六五三五円、及び、うち二二六万四六六七円に対する昭和五三年六月二七日から、うち八〇三万一八六八円に対する昭和五四年七月二七日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二  被告ら(三名共通)

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告は、昭和五一年一一月一一日午前七時五五分頃訴外木津年宏運転の大型乗用車(多摩五う五六、以下本件バスという)に乗車して小金井市関野町から小金井駅へ向う途中、小金井市桜町一―一五―一六先交差点路上において、本件バスと被告鈴木直志運転の普通乗用車(多摩五六む九一八三、以下鈴木車という)が衝突し、その衝撃のため、本件バスの乗客多数が将棋倒しになつた際、本件バスの床にたたきつけられ全身打撲の傷害を受けた。

二  被告会社は本件バスを、被告鈴木両名は鈴木車をそれぞれ所有し、それぞれ自己のために運行の用に供していたものであるから、被告らはいずれも、本件事故によつて原告の負つた損害に対し自賠法三条による責任がある。

三  原告は、本件事故による前記傷害のため、事故当日から昭和五四年五月四日まで次のとおり入院、通院し、さらに自賠責保険により後遺症一一級の認定がなされている。

〈省略〉

四  原告は、本件事故により次のとおり合計一一五九万八九三五円の損害を蒙つた。

(一) 通院治療費 三四万一八〇五円

1 武蔵野赤十字病院 一万〇九一七円

2 沼本クリニツク 二万六五〇〇円

3 面高整形外科 九〇〇〇円

4 虎ノ門クリニツク 三万一七〇〇円

5 東京慈恵医大病院 九万九〇二〇円

6 東京大学附属病院 一六万四六六八円

(二) 入院中の諸雑費 一七万二〇〇〇円

入院日数合計 三四四日 一日五〇〇円として計算

(三) 通院交通費 六万三一三〇円

52・6・1タクシー(武蔵境―新小金井橋)八一〇円武蔵野赤十字病院

52・6・14〃(〃)七五〇円〃

52・6・15〃(〃)八一〇円〃

52・7・4〃(〃)八一〇円〃

52・7・5〃(〃)八一〇円〃

52・7・6タクシー(新小金井橋―武蔵境)一一一〇円武蔵野赤十字病院

52・7・6〃(武蔵境―新小金井橋)八一〇円〃

52・8・2〃(〃)七五〇円〃

52・8・8〃(新小金井橋―武蔵境)九九〇円〃

52・8・8〃(武蔵境―新小金井橋)八一〇円〃

52・6・8〃(阿佐ケ谷―板橋)一七五〇円日大板橋

52・6・8〃(板橋―新小金井橋)三六三〇円〃

52・6・20〃(阿佐ケ谷―板橋)一七一〇円〃

52・6・20〃(板橋―新小金井橋)三五七〇円〃

52・8・10〃(阿佐ケ谷―新小金井橋)二〇七〇円東京前沢整形外科

52・9・2〃(阿佐ケ谷―新橋)二六七〇円虎ノ門クリニツク

52・9・8〃(〃)三八一〇円慈恵医大病院

52・9・8〃(新橋―阿佐ケ谷)二九七〇円〃

52・9・10〃(〃)二五〇〇円〃

52・9・10〃(〃)二〇七〇円〃

52・9・28〃(阿佐ケ谷―新橋)三八七〇円〃

52・9・28〃(新橋―阿佐ケ谷)三七五〇円〃

東大附属病院通院費 一回六〇〇円 三四回二万〇四〇〇円

(四) 近親者交通費 六万二四〇〇円

原告が甲州中央温泉病院入院中三日に一度合計二四回行つたもの 一回二六〇〇円

(五) 近親者の看護料 六万四八〇〇円

1 武蔵野赤十字病院 六日

2 前沢整形外科 二〇日

3 甲州中央温泉病院 一〇日

合計 二七日 一日二四〇〇円として計算

(六) 授業料その他の諸費用 六五万二四〇〇円

原告は、本件事故により当時在学していた東邦歯科技工専門学校において昭和五一年度及び昭和五二年度の進級ができなかつたため、その間の授業料その他の諸費用が損害となつた。

昭和五一年度 二五万四五〇〇円

昭和五二年度 三九万七九〇〇円

(七) その他の諸費用 四万〇四〇〇円

1 メガネ購入代金 三万三〇〇〇円

2 トレーニングウエア 七四〇〇円

(八) 逸失利益 四二〇万円

原告は、本件事故により歯科技工士となるのが二年遅れたのでそのことによる損害。

1 昭和五三年四月―昭和五四年三月 一九五万円

給料 一二ケ月 一ケ月に一三万円 一五六万円

賞与 三ケ月分 三九万円

2 昭和五四年四月―昭和五五年三月 二二五万円

給料 一二ケ月 一ケ月に一五万 一八〇万円

賞与 三ケ月分 四五万円

(九) 入通院慰藉料 五〇〇万円

原告は、本件事故による傷害のため、前記のとおり二年七ケ月の間入院及び通院を余儀なくされ、その間目まい、吐き気、頭痛、腰痛等に悩まされ、また、二年間も休学を余儀なくされ、そのため、多大の精神的苦痛を蒙つた。

(一〇) 弁護士費用 一〇〇万円

原告は、本訴のために弁護士高橋祥介を代理人として依頼したのでその費用として弁護士費用を除く本訴請求額の約一割に相当する一〇〇万円を請求する。

五  以上のとおり、原告は本件事故により一一五九万六五三五円の損害を受けた(なお、前記請求以外の治療費、及び、後遺症による損害については自賠責保険等から受領済みであるので請求しない)が、すでに、被告らから三〇万円を受領しているので、これを控除した一一二九万六五三五円、及び、弁護士費用を除き、うち二二六万四六六七円に対する事故により後の日である昭和五三年六月二七日から、うち八〇三万一八六八円に対する同じく昭和五四年七月二七日から、各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

答弁及び被告らの主帳

被告会社

一  請求原因第一項の事実中原告が本件バスの床にたたきつけられ、全身打撲の傷害を負つた事実は不知、その余の事実は認める。

二  同第二項の事実中被告会社に関する部分は認める。

三  請求原因第三、四項の事実は原告が後遺症一一級の認定を受けた事実を認め、その余は不知又は争う。

四  請求原因第五の事実中原告が被告らから本件損害のうち三〇万円を受領していることは認める。

五  原告の卒業、就職の延伸による損害については、もともと卒業、就職とかが不確実であり、その間も相当に労働可能な時間もあつたことを考えると基本的に疑問があるうえ、歯科技工士となつた場合の収入を前提として逸失利益を算定する以上、昭和五三年度から二年間技工士になるために要した費用として少くとも七九万四四〇〇万円(昭和五二年度分の授業料の倍額)、及び、職業上必要な経費として五〇万円を控除すべきである。

六  原告は、自賠責保険から合計四四八万円を受領しているが、原告の後遺症による実質的損害は右金額に達しないから、その分については本訴請求中の損害に充当すべきである。

被告鈴木両名

一  請求原因第一項の事実は認める。

二  被告直志が鈴木車を所有し、自己のために運行の用に供していた事実は認めるが、被告欣一が同車を所有し、自己のために運行の用に供していた事実は否認する。

三  同第三項の事実中、原告がその主帳のような各病院で治療を受けた事実、及び、原告が後遺症一一級の認定を受けた事実は認めるが、原告の受けた治療中には本件事故と因果関係のないものが含まれている。ことに、昭和五二年一月から六月までの武蔵野赤十字病院内科における入院治療は本件事故による傷害のためではなく、ビールス感染症によるものであり、その後の治療についても心因性反応など本件事故と因果関係のないものが含まれている。

四  請求原因第四項の事実は不知又は争う。

原告の卒業の延伸による逸失利益については、二年間の卒業の延伸が全て本件事故の傷害に起因することに疑問があるうえ、逸失利益の本質を規範的な労働能力の喪失とみるときは、卒業の延伸があつたとしても、その間に原告が有効に利用し得た時間に相当する部分の得べかりし利益は逸失利益として算定すべきではないものというべきである。

五  被告らは、原告に対し治療費として合計二七四万三五一六円を支払つたが、そのうち、武蔵野赤十字病院関係の七二万四九九四円は、本訴請求の損害に充当すべきである。

また、被告らは原告主張のとおり三〇万円を支払つたほか、原告は本件事故による後遺障害補償として四四八万円を自賠責保険から受領しているが、原告の後遺症には疑問があり、これによる実質的損害は右保険金額には満たないと考えられるので、保険金のうち後遺症による損害をこえる部分は、本訴請求中の損害に充当すべきである。

第三証拠〔略〕

理由

第一三号証、第一五号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第二七号証、第二九ないし第三一号証、証人塩谷楨の証言により成立の認められる乙第三号証の三、第一一号証の一ないし六、第一三号証の一ないし五、第一六号証の一ないし一一、証人内山俊子(但し、後記措信しない部分を除く)、同塩谷楨の各証言、原告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く)を綜合すると次の事実が認められる。

原告は本件事故に際し、本件バスの床に倒れ、その上に他の乗客が倒れかかつて下敷となり、全体を強く打つたこと、そして事故直後に救急車で共立診療所に運ばれ、治療五日を要する左下腿部挫傷と診断され、治療を受けた後、予定どおり通学しようとしたが、右肩等が痛み、途中でたえられなくなつて帰宅したこと、原告は翌日再度同診療所で診察を受け、左下腿部挫傷、頸椎捻挫、胸部打撲症などの診断を受けて、同日同診療所に入院し、治療を受けた結果同月二七日頃までに左下腿部挫傷はほぼ治癒したが、頭痛、頸部痛などがとれず、検査を受けた結果脳波に異状がみられたこと、そこで、同日同診療所から桜町病院に転医し、同年一二月五日まで入院して治療を受け、その後は通院して治療を受けていたが、経過がはかばかしくなかつたため、同月二七日武蔵野赤十字病院整形外科に転医して治療を受けることとしたこと、なお、桜町病院における診断は全身打撲であり、赤十字病院における診断は頸部、腰部捻挫であつたこと、ところが、原告は赤十字病院における通院治療中ビールス感染により高熱を発したため昭和五一年一月九日同病院整形外科に入院し、さらに、担当医の指示で同月一四日同病院内科に転科して入院し、同年六月二日まで入院治療を受けていたこと、その間の原告の内科的症状は腺熱又はこれに類似するビールス感染症のそれを呈していたこと、右内科入院中も原告は引続き整形外科による傷害の治療も受けていたこと、そして、内科退院後は引続き同年八月八日まで整形外科で通院治療を受けたが、その間も頭痛、頸部痛などのほか時々全身硬直状態となるなど症状が思わしくなく、両親等のすすめで、同年四月三〇日に沼本クリニツクへ、同年六月二三日から七月一四日の間に二日面高整形外科へ通院し、同年八月一〇日東京前沢整形外科に転医し、同月一八日同外科に入院し同年一一月一五日まで同外科で入院治療を受けたこと、なお、同外科における診断は外傷性頸性症候群兼全身打撲であり、同外科入院中同外科の医師の指示により、同年九月八日から一〇月一七日の間に数回慈恵医大病院の神経科、整形外科等で検査診断を受けたこと、ついで、原告は前沢整形外科の医師のすすめに従い同年一一月一五日同外科を退院した日に甲州中央温泉病院に入院して、主として機能回復訓練を受け、症状もかなり軽快して昭和五三年二月七日同病院を退院したこと、そして、同年二月八日から昭和五四年五月四日症状固定の診断を受けるまで東京大学附属病院に通院し治療を受けたこと、その間の各病院における原告の入院及び通院の実日数はほぼ原告主張のとおりであること、原告の本件事故後の自覚症状としては、頭痛、頸部痛、腰痛、肩こり、全身硬直、耳鳴り、目まい、吐き気、歩行障害、視力異常など極めて多岐にわたり、また、症状の変化もかなりはげしかつたこと、原告は、昭和五四年五月四日東京大学附属病院で後遺症の診断を受け(他覚症状及び検査結果として脳波異状、複視、左前庭迷路障害、頸椎正常わん曲の消失などがあり自覚症状として頭痛、腰痛、頸部痛、歩行障害、耳鳴り、複視、めまいなどがあるとされている)、右診断に基づいて自賠責保険の後遺障害一一級の認定がなされたこと、なお、原告の症状について、赤十字病院入院中の担当医は、心気的になつていると判断したことがあり、また、慈恵医大病院脳外科では心因的要素が強いと判断していること、原告は、昭和五三年四月から本件事故後休学していた東邦歯科技工専門学校に復学し、一応順調に通学、進級しているが、なお、頭痛、肩こり、耳鳴りその他の自覚症状に悩んでいること、などの事実が認められ、証人内山俊子の証言及び原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、原告が本件事故による傷害についてした治療として主張する事実のうち、昭和五二年一月九日から同年六月二日の間に受けたビールス感染に対するそれは、本件事故とは関係がなく、また、原告の本件事故による負傷によつて生じた症状には心因的要素がかなり影響していると考えられるので、本件事故による損害の算定に関してはこれらを考慮に入れることとする。

四 そこで、右認定の事実を基礎として弁護士料を除く損害を算定すると、その合計は次のとおり八五四万一七八二円となる。(一部請求外の損害な含む。)

(一)  通院治療費 三四万二三九七円

いずれも弁論の全趣旨によつて成立の認められる甲第一六ないし二〇号証、第三二号証、第三三号証の一ないし三八によれば、原告主張のとおり(但し、東京大学附属病院については一六万五二六〇円)の治療費を支払つた事実が認められる。

(二)  入院諸費雑費 一三万五二五〇円

1  前記認定の事実にしたがつて計算した武蔵野赤十字病院以外の入院実日数一九八日(転医の関係で同一日で二つの病院に入院している場合は一日として計算)につき一日五〇〇円として計算した九万九〇〇〇円。

2  前記認定の事実によれば武蔵野赤十字病院についてはビールス感染が入院の契機となつているが、本件事故による傷害がなければ一四五日もの入院は必要でなかつたと考えられるので右日数につき一日五〇〇円うちの二分の一の三万六二五〇円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害を認める。

(三)  通院交通費 六万三一三〇円

弁論の全趣旨及びこれによつて成立の認められる甲第二一号証の一、二、第二二号証の一ないし二二によつて認める。

(四)  近親者交通費 三万一二〇〇円

証人内山俊子の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告の甲州中央温泉病院入院中、近親者がほぼ三日に一回の割合で同病院を訪問し、一回につき二六〇〇円の旅費を支出した事実が認められるが、その全部について必要性があつたとは解せられないので旅費のうち二分の一を事故と相当因果関係のある損害と認める。

(五)  近親者の看護料 六万四八〇〇円

前記甲第一五号証、証人内山俊子の証言を合わせると、原告の入院に際し、その主張のとおり近親者が附添つたこと、武蔵野赤十字病院では内科は完全看護で附添いを要しないが、原告は発熱当初整形外科に入院したため、六日間附添いを要したものであることなどの事実が認められる。ところで、本件事故による傷害がなければ、仮に原告がビールス感染のみによつて入院したとしても、当初から内科に入院した筈であるから、武蔵野赤十字病院における附添料も本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

(六)  授業料その他の諸費用 三九万七九〇〇円

証人川上保の証言により成立の認められる甲第四号証、第二五号証、同証人の証言、及び、原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和五一年四月に東邦歯科技工専門学校に入学し、昭和五三年三月卒業の予定であつたが、本件事故後前記のような症状のため欠席のやむなきにいたり、昭和五三年三月まで休学し、同年四月復学したため、昭和五一年度及び五二年度の進級ができなかつたこと、及び、右両年度の授業料等の諸経費が原告主張のとおりであつたことを認めることができる。ところで、原告は、前記のとおり昭和五一年一月から六月までビールス感染症に罹患していたので、その間本件事故がなくても相当日数学校を欠席せざるを得なかつた可能性もあり、また、原告の症状に心因的要素の影響があるとみられることや、事故と比較的近い時期にビールスに感染したため、原告の症状が複雑となつたことが事故による傷害の回復をも長びかせる結果となつた可能性も考えられないではないことなどを考慮すると、原告の在学が二年のびたことによる損害のうち一年分を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。そして、右損害としては、本来支出する必要がなかつた筈の昭和五三年度の授業料その他の諸費用の支出が該当するものというべきところ、昭和五三年度の授業料等は少くとも昭和五二年度のそれと同額であると認められるから、昭和五二年度の授業料等の額をもつて、同損害を認める。

(七)  その他の諸費用 四万〇四〇〇円

証人内山俊子の証言及び同証言により成立の認められる甲第二三、二四号証により認める。

(八)  逸失利益 一六八万円

(六)で認定した事実のほか、証人川上保の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故がなければ昭和五三年三月に前記学校を卒業し、同年四月から歯科技工士として勤務する予定であつたが、本件事故のために卒業が遅れていること、歯科技工士の初任給は平均月一二、三万円であり、賞与は通常年間給与の二、三ケ月分であることなどの事実が認められるので、一ケ月一二万円、賞与二ケ月分として計算した一年分をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認める。被告らは、卒業の延伸による損害は、卒業自体が不確実であるうえ、その間にも、原告が有効に利用し得た時間が相当にあることを考えると、卒業後得られる筈の利益を逸失利益とするのは相当でないと主張する。しかし、証人川上保の証言によれば、本件事故等による休学がなければ、原告が予定どおり卒業したであろうことはほぼ確実であり、また、これまでに認定したところによれば、原告は少なくとも一年間に限定して見ると、延伸した期間の殆んどは治療に費やしていたものであり、歯科技工士以外の職業について就労しうる可能性もなかつたと認められるから、その余について検討するまでもなく、被告らの主張をとることはできない。次に、被告会社は、歯科技工士としての収入を前提とする以上、技工士になるために要した費用を逸失利益から控除すべきであると主張するが、このような控除は根拠がないことが明らかである。また、被告会社は職業上必要な経費として五〇万円を控除すべきであると主張するが、特に高額の収入を得るために高額の経費を必要とする場合はともかく、前記認定の原告の予定された職業、収入などに照らすと、このような控除をする必要があるとは認められない。

(九)  入通院による慰藉料 二〇〇万円

原告が本件事故による傷害によつて受けた精神的苦痛(後遺症によるものを除く)に対する慰藉料としては、第三項で認定した事実のほか、記録にあらわれた一切の事情を合わせて考慮すると二〇〇万円が相当である。

(一〇)  後遺症による損害(請求外) 三七八万六七〇五円

第三項で認定した事実に基づき、原告は症状の固定した事故の三年後から一〇年間労働能力の一五%を失うものとし、(八)で認定した年収を基準に新ホフマン式計算法により計算した逸失利益一七八万六七〇五円(後記算式により計算)と第三項認定の事実のほか記録にあらわれた一切の事情を考慮して相当と認める慰藉料二〇〇万円の合計。

五 次に、原告が被告直志から本件事故による損害賠償の一部として三〇万円を受領したことは当事者間に争いがなく、成立に争いがない丙第一号証と弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故による傷害の後遺障害に対する損害賠償金として自賠責保険金四四八万円を受領している事実が認められる。また、第三項認定の事実と成立に争いのない乙第六号証の一ないし五と弁論の全趣旨によれば、被告直志は本件事故による損害賠償の一部支払として原告の武蔵野赤十字病院内科における入院費及び治療費七二万四九九四円を支払つたが、うち三二万八二九二円は本件事故と関係のないビールス感染に対する治療費であり、その余の三九万六七〇二円は入院料、室料差額、ベツト料等の入院費であることが認められる。そして、第三項認定の事実に照らすと、右入院料のうちの二分の一九万八三五一円は第四項(二)と同様の理由により本件事故による損害であると認められるが、その余の五二万六六四三円は本件事故による損害とは認められない。そこで、前項で認定した損害額の合計八五四万一七八二円から右の三〇万円、四四八万円、及び五二万六六四三円を控除した三二三万五一三九円が原告が本件事故につき請求しうる損害額(但し、弁護士料を除く)である。

六 そして、右認定の損害額、本件訴訟の経過等に照らすと弁護士料としては三五万円をもつて本件事故と相当因果関係を有する損害と認める。

七 よつて、原告の請求は、被告会社及び被告直志に対し連帯して右第五、六項記載の損害の合計三五八万五一三九円及びうち二二六万四六六七円に対する昭和五三年六月二七日から、うち九七万〇四七二円に対する昭和五四年七月二七日から、各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、これを認容し、同被告らに対するその余の請求、及び、被告欣一に対する請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小田原満知子)

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